新庄神室・役内沢滑降

2022年4月2日~3日
メンバー:L.鏡、後藤
コース・タイム:
4/2
9:20 108号線かもしか橋駐車帯(出発)
10:37 稜線C840地点
11:40 役内沢林道分岐(テント設営)
12:40 テント出発
14:32 役内沢C755付近(引き返す)
15:30 テント帰着
4/3
7:20 テント出発
8:56 役内沢C755付近
9:37 最奥の二股
10:50 神室山稜線
10:56 神室山頂上
11:18 頂上北側コル(滑降開始)
11:31 C755付近
12:28 テント帰着(撤収)
13:14 天場出発
14:52 稜線C840地点
15:30 駐車帯帰着

 

新庄神室にはいろんな思い出がある。冬合宿の神室縦走はちょうど1999年から2000年の正月だった。杢蔵から縦走の佐野さん、今出さん、岸さんらを年末に送って行った後、自分は年明けとともに畠山君、太田聡君と軍沢岳から神室本峰へのルートに入った。自衛官の畠山君はその時2000年問題絡みで朝鮮半島有事が噂されており、年明けの瞬間まで待機業務でそれが明けての参加だった。好天で順調に軍沢岳を越えた稜線上の天場からは、神室本峰の東面がまさに白い壁として迫っていた。この時は翌日ホワイトアウトの中、自分が雪庇から落ちたり、別の尾根に入り込んで下降したりと、いろいろ苦労しながらも、前神室の天場でサポート隊と無事合流したのだった。

その前からだと思うが、神室山東面役内沢はずっと僕の頭の中にあった。神室連峰の沢の中でここだけは稜線から中流部まで開放的に大きく開けた渓相で、沢登りとしての価値は薄そうだが、スキー滑降には最適な地形と思われた。言うなれば神室の石転び沢ではなかろうか。そこで、2000年の5月には大竹さんを誘って、残雪の役内沢を偵察に入った。この時はスキーは持たずにピッケル・アイゼンでの雪渓登りだったが、雪渓の状態や傾斜を見てもスキー滑降の可能性は確認できた。下流部で一カ所渡渉があり、朝にはごく浅かったのが、帰りは雪解けのためか水位が上がって緊張したのを覚えている。

翌冬あたりにはスキー滑降に挑戦したいところだったが、その後転勤で仙台を離れたこともあって機会を得なかった。また役内沢に冬に入るとなれば、役内の集落から沢沿いの林道を延々歩くことになるが、これもあまり有り難くないアプローチだった。地図を眺めて、108号線のかもしか橋付近から山越えで役内沢に降り立つ方が、距離的にはずっと近いと考え、その偵察に入ったのが2009年の3月だった。この時は目的の尾根から稜線に至り、そこから尾根通しに軍沢岳まで行って、軍沢岳の尾根コースを滑って帰った。

アプローチの偵察まではしたものの、役内沢滑降の機会はその後もなかなか来なかった。天候や雪崩の危険を考えると厳冬期の計画は困難と思われ、春の雪が落ち着いた時にと思うと、これもまた週末の天気をつかむのはなかなか難しいものである。何度かは計画しようとして諦めたりしているうちに、最初の思いつきから20年以上が過ぎてしまっていた。

山は逃げないとは言うものの、人間の方には年齢というものがある、と誰かが言っていた。役内沢を滑るにはもうそろそろ後がないと思い始めて、ともかく行ってみないと、と計画を出したところ後藤君が手を挙げてくれた。一度3月に計画したものの地震もあり天気も思わしくなく取りやめたが、2回目の計画では天気予報も土日ともの好天、今度こそという気になった。

前置きが長くなったが、20年分の前置きなのでご容赦願いたい。予報通りの晴天に恵まれ順調に鬼首トンネルを越えると、かもしか橋近くの駐車帯に着いた。軍沢岳のコースは結構人気の山スキーコースとなっているらしく、駐車場に2台停まっている無人の車も山屋さんのものと推測された。準備をしていると後藤君がテント一式をさっさとザックに入れてくれた。それでは装備配分が偏りすぎる、というのが一瞬頭をよぎったが、体力差を冷静に判断してありがたく持ってもらった。軍沢岳には宮城方向に少し戻って橋を渡ったところから尾根に取り付くのだが、我々は逆方向、秋田方向に少し下り、橋を渡る手前から山に入る。驚いたことにこの辺りから尾根に向かってオレンジ色の赤布がべた打ちしてある。あまりに間隔が短いので山屋さんのものか判断しかねたが、後日ネットで見てみると、ここから尾根通しに神室山頂を往復したり、またこの辺の斜面を滑り込んだりしている人もずいぶんいるようであった。赤布は尾根沿いにC1035に向かっているようだったが、我々は右手に向かい小さな沢を越えて右側の尾根を目指す。尾根に乗るまでがかなり急な斜面だが、クトーも装着してなんとかスキーのまま登り切れた。尾根上もやや急な登りが続くが、ブナの丸い尾根で問題はない。アイゼンの先行トレースがここにも続いていた。1時間とちょっとでC840のコブに到着、ここが我々の乗越し地点となる。ブナの大木の生える小広いところだが、ここで西側に神室東面の真っ白な屏風の壁が木の間越しに目に入ってくる。山麓からは見えない眺めだが、一見の価値があるものだ。

役内沢への下りルートは北側C836ピークから西に出る支尾根に取る。C836の南側をトラバースして支尾根に乗ったところでシールを外す。すぐの分岐で北西に出る尾根に入りかけたが、すぐに軌道修正して一本隣の尾根に戻ると、ヤブがうるさくなってくる。740mあたりで尾根を外し、南側の杉の植林の急斜面を斜滑降でしのぎ下って小沢から下の林道に出た。この辺り重荷での修行系スキーでさすがの後藤君も困惑のようだった。

林道を一旦下流に向かうとすぐに役内沢の二股、橋の地点に着いた。天場ははっきりとは決めていなかったのだが、水が取れるといいねということで見回すと、この辺り広い河原に流れがいくつか別れていて、難なく下りて水も汲める。無理に上までテントを上げる必要は全くないので、昼前だがここに設営とする。ちょうど、山の神の祠でもありそうな杉の木が二本立っていて、その前にテントを立てた。

天場からは山頂方向はあまり見通せない。しばしゆっくりした後、上部ルートの偵察に向かう。最初は林道沿いなので安心していたのだが、すぐ先で沢を渡る地点が橋ではなく堰堤状だった。幅5メートルぐらいはしっかり水が流れている。しばらく思案するが、渡らずに右岸沿いに行くのも厳しそうなので、意を決してブーツのまま渡ってみた。一番深いところでブーツぐらいの水深らしく、しっかり中まで水が入ってきた。渡り切ってから対岸でブーツを脱いで靴下を絞る。後藤君はこれを見て裸足になって渡ってきたが、これはこれで厳しかったようだ。

 靴下は湿っぽくなったが、この後の林道は問題なく、C537の堰堤を過ぎて地図通りの林道終点に進む。しかしここで沢が狭まり流れに行く手を遮られる(C604手前)。また渡渉かとうんざりするが、沢登りのへつりのようにして沢身に下りると、一回目よりはずっと流れも小さく飛び石を少し工事して渡った。今度は「あまり」水も入らなかったようだ。

その後は広い沢底の樹林の中を進んで行く。650mの二股を過ぎると、沢底がデブリで埋まっている。デブリの通過自体は気持ちのいいものではないが、今日落ちたものではないだろうと自分に言い聞かせて進む。この上で沢は大きく開け、山頂方向の斜面が展望される。1300m台の山とは思えないアルパインな景観が広がっている。谷が折れ曲がっていて、山頂の最後の斜面は見通せないが、それは明日登ってみて考えよう。C755の上、760m地点で偵察は終了。帰り道は渡渉地点も勝手がわかり、スムーズに天場に戻った。

 雪の上ながら沢のせせらぎが聞こえる、なんとものどかな天場である。まだ日が高く、しばらくテントの前で靴を脱いで靴下を乾かしながら飲み始める。日が傾いてきて肌寒くなったのでテントに入る。コロナ禍の影響でテントで飲む酒も久しぶりだが、格別の味だった。

起床時間には既に明るくなっていた。といってもあせることはない。山頂から滑降する時点で雪がゆるんでいる方がいいのだ。役内沢は東面に向かって開けた沢なので、朝から日射を受け雪は早めに緩んでくれるはずだ。朝イチのトイレに行くと神室の山頂稜線が谷奥で赤く染まっていた。

上方、左岸側壁の南に向いた斜面が2箇所三角形に雪が落ちて黒くなっているのが見える。その下はまたデブリが予想されたが、行ってみるとそれほど大きなものではなく、沢全体を埋めるものではなかった。最奥の二股まで行って上部斜面を展望すると、左側の頂上に直接詰める谷は狭く傾斜も急で上部にクラックが目立つ。比較的穏当な右側を選択し、急なところを一段上がると大斜面が広がった。

 

予定の7時をやや回って出発。昨日の偵察があるので、渡渉も含めてサクサクと進み、昨日の760m地点へ。ちなみに今日は、靴下の上にコンビニ袋を履いてブーツを履くという新たな作戦を試したのだが、昨日から濡れている靴下はやっぱりまた濡れた気がする。さてここからが未知のルート。いや、2000年に一度偵察しているはずだが、22年前のことを明確に覚えていないからと言って、まだ惚けた云々とは言われまい。760mの上から徐々に谷が狭まり傾斜も徐々に立ってくる。

 

 大斜面の登りから後藤君が先に立って登って行く。傾斜は徐々に急になって行くが、表面は比較的新しく積もった雪が緩んで、シールで十分に登って行ける。後藤君はこの斜面でも「すたすたと」登って行くが、こちらは息が上がり徐々に間隔が広がる。最後の詰めでシール登高もやや限界に近づき、安全のためアイゼンに履き替える。氷帽状に雪庇の出たところを迂回して、山頂北側の小鞍部で稜線に出た。先に出た後藤君の声で前方を見ると、真っ白な鳥海の大三角形が意外な近さに望まれた。雪庇の上に先行者のトレースが残る稜線を歩いて神室山頂へ。アイゼンの足跡に沿って小さな動物の足跡が残っているのは、犬を連れて登った人がいるのだろうか。頂上ではまさに360度の大展望が広がっていた。

 コルまで戻って滑降の準備をする。入り口からは傾斜が急でこれから下りる斜面は見えないが、登ってきたところなので雪質や斜度の不安はあまり感じずに済む。最初にすぐ下の段になっているところまでゆっくり下りて様子を見る。ここから大斜面の滑降へ。35度ぐらいはありそうだが、雪は適度に柔らかく、斜面の幅が広いので大きなターンでしっかり回し込んでスピードを押さえながら慎重に滑る。数ターン毎に停まって後ろを振り返ると、後藤君も危なげなく下りて来た。徐々に調子が出てきて、気持ちよく大斜面に2本のシュプールを刻むことが出来た。喉状に狭まったところで小デブリの横を通過して、下の谷が広がるところまで休まずに下る。760mまで下りて一本立て、滑ってきた斜面を振り返った。最奥は谷の屈曲で見通せないが、役内沢滑降のハイライトは望みうる最高のコンディションだったと思われた。

この下は傾斜も緩くなるが、まだゲレンデのような広い斜面が続いている。徐々に雪も重くなって来るが、苦労する程ではなく、デブリ通過と林道滑降、すっかり慣れてしまった渡渉2回で天場に帰着した。

テントの前でお湯をわかしてコーヒーでゆっくりする。後は撤収して帰るだけ、なのだが、帰り路にまだ一仕事、あの山越えをこなさなければというのがやや憂鬱だ。腹を括って撤収、パッキングしてシールを貼り直す。

 昨日のトレース通りに林道から枝沢に入り、植林地の急斜面でスキーを背負ってツボ足で直登する。標高差100メートル程だが、ここまでの疲労が蓄積ししんどい登りだった。もう少しで尾根というところでジグザグの作業道にぶつかり、この道を利用すればもう少し楽をできたかもしれない。尾根に出てスキーを履いてからも、細い尾根で雪が切れていたりとなかなか楽にならず、結局この登り返しには2時間近くを要した。たどり着いたC840で、逆光となった神室東面を最後の見納めと眺めるのだった。

最後の尾根の下りも荷物の重さもあって気が抜けない。尾根を外して急斜面を谷に降りるところは腐った雪に雪割れもあって一苦労だった。橋のたもとで柵を乗り越え、走る過ぎる車に注意しながら国道を歩く。場違いなスキーヤーを走り去る人達はどう見ていたのだろうか。駐車帯には自分の車一台だけがぽつんと残っていた。今日はおよそ8時間の行動だが、時間以上の疲労と充実感を感じていた。

川渡温泉藤島旅館のレトロ感たっぷりの大浴場に身を沈めて、好天に恵まれた二日間を反芻する。地図を眺めて自分なりのルートを引き、そして実際に滑ってみる。それが、予想に反して思った程快適に滑れないことも多いが、それはそれで山スキーの楽しみであろう。期待以上に良いルートを探し当てられたとしたら、この上ない喜びとなる。それが20年温めたルートとなればなおさらである。強力なパートナーとなってくれた後藤君に感謝。